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地蔵時代の思い出

ストリートナンパを始めた当初の地蔵時代、ネットナンパも並行してやっていた。
なかなか上手くいかず、なかなかアポが決まらなかった。たまに会えても、ほとんど負け続きだった。
ようやくアポにこぎつけて待ち合わせ場所に行ったのに、ドタキャンで会えなかったりしたことも何度か会った。
心底悔しかったが、当時はストリートナンパに切り替えることもできなかった。
トボトボと、また1時間かけて家にトンボ帰りするのは本当に惨めだった。


そんな中、2人だけ親密な関係になることができたので、思い出してみた。


①東北子
海外から帰国してすぐの頃。それは寒い時期だった。
マッチ後、連絡やりとりして土曜日に会うことになった。
東北大震災で被害に遭って、上京してきた子だった。その日は、健全解散した。
その晩、電話してみた。相性が良いのか、2時間近く会話した記憶がある。
そして、なんと、翌日にも再会することになった。
カフェで待ち合わせして、その後、寒いのに公園へ行った。
そこで、すぐ近くにあるホテルに行こう、と誘った。
断られたが、何度も何度も説得した。
当時テクニックなんか無かったから、とにかく熱意だけで押しまくった。
優しい子だったのだろう。いいよ、と行ってくれた。
ホテルで二人は身体を合わせるのだが、なぜか我が息子が元気にならない。
寒い中、必死で2時間近く口説いていたから、疲れ果てていたのだと思う。
結局、フィニッシュすることはできなかった。
帰り道、「また会おうね」と言ったが、「んー、どうしようかな?」と返ってきて、驚いたと同時に不安になった。
数日後、LINEを送ったが、返ってくることは無かった。

考察として、
●俺と付き合うつもりがあったのだと思う。だから、Hするまでに、もう少し時間をかけたかった。
 だが、俺が迫るので、仕方なく応じた。そして別れる最後まで、付き合おうと俺が言わなかったこと。
●息子がたたなくてフィニッシュできなかったので、雰囲気が気まずくなった。
 女の子の心情としては、「この人は、私のことをそんなに好きじゃないんだな」と思ったに違いない。
●そして痛恨なのが、ピロートーク中に名前を呼び間違えたこと。
 2文字の名前なのだが、下の1文字を間違えた。自分で最低だと思う。


②ポッチャリ子
メッセージから電話へ移行。声が魅力的で、会話の切り返しも知的な女の子。
1週間で4回くらい電話して、下ネタも挟みつつ盛り上がった。
当時、壁の薄い寮の部屋だったから、うるさかったに違いない。(大西くん、ごめん!w)
地方の温泉に泊まりで行こうかという話も出たが、流石に会ったことがないので、
普通に東京でデートすることになった。そのデートコースにホテルを盛り込むことを略合意ww

待ち合わせ場所で、現れたのは、ぽっちゃり系(を通り越した女の子)。
一気にがっかりした。目は大きくて綺麗なのだが。。。
俺は失望の表情を隠しきれていなかったのだろう、その子はやたらと俺に気を遣っていた。
ランチを食べた後、ほんとにホテル行くの?と聞いてきたので、うん当然と答えた。
身体は大きかったが、胸も大きかったのは、嬉しい誤算だった。。。(^ ^)

その後、時間をしばらく空けて、2回会った。
会話は楽しかったが、他人に対して少し毒舌気味なのが、気になってしまった。
自分なついてくれるとても良い子で、本当に申し訳ないんだが付き合うことはできないと思った。
その後連絡を控えて、自然消滅的に、完全に関係は終わったのだった。

考察として、
経験上、ブサイクな子ほど会話が上手である割合が高いと思う。
美人は放っておいても相手が話すが、ブサイクはルックスの劣等性をトークで補おうと努力するのであろうか。


2人は今頃どうしているのだろうなあ?
 
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プロフィール

kuribozu

Author:kuribozu
30代くりぼうずと申します。非リア充・陰キャで、10代と20代ずーとモテない人生を送ってきました。

ちなみに、くりぼうずは中学生時代のあだ名です。
私の頭の形が栗型だったからか、ただ単に同級生達がクリトリス好きだったからなのか由来は知りませんが、当時は卑猥なこのあだ名で呼ばれるのが嫌でした。。。
今活用できてラッキーだがw

中学・高校と男子校で、勉強漬けの毎日で、出会いゼロ。
中学で成長が止まり、周りとの身長差が広がる日々。身長コンプレックスによるうつ病になった。今思うと、「これから苦労の人生を送ることになる」と無意識ながら本能的に感じていたのかもしれない。

勉強一筋の生活だったのにも関わらず、大学受験に失敗。浪人することに。同じクラスにとてもかわいい女がいた。今まで一度も話したこともないのに、帰り道に尾行して、勇気を出して「ちょっと話しませんか?」といきなり声かけ。不自然すぎで、あっさり撃沈。ストーカーかよw でも、これが人生初ナンパだったのだなと思う。

ようやく入った大学も理系だったので、環境はほぼ男子校状態。入ったサークルも全員男子。おまけに当時は、低身長・低能力・彼女無など、劣等感にまみれており、人と関わることを避けていた。要するに、自分と他人を比較できないように、現実から目を背け、逃げていたのだ。こうして、友達も少ないコミュ障男が出来上がった。

社会人になって同期の女の子で好きな子ができて、向こうも最初好意があったと思うが、自分の恋愛能力ゼロゆえに、告白することすらできず、あっけなく自滅。。。。
その後も、同期の美人が先輩と結婚したりと、苦汁を舐める人生でした。
何年もずっと街中でカップルを見かけるたびに心底悔しかった。
(今でも美女カップルを見ると悔しいです。この悔しさから解放された時、自分はナンパを引退できるのでしょう。)

25歳まで童貞でしたが、性欲だけは群抜いていたので、韓国旅行中に風俗で40歳くらいのババアと初体験した後、長年海外風俗に入り浸っていました。何年もモテないことからずっと目を背けてきた訳です。そんなオレの状況を見るにみかねた会社の先輩が、オレのために合コンを企画してくれましたが、緊張して女の子とろくに話せず、非モテをさらして恥ずかしい思いもしました。会費を免除されたくらいです笑

「このままオレは一生結婚できずに死んでいくのか?それは嫌だ。それなら、結婚相談所に行って可愛くない女と結婚するしかないのか?」そんなことを考え出した30歳の時(海外勤務中)に、ネットナンパを始めてみました。待っているだけではオレは一生彼女できないとようやく悟ったわけです。そこでなんとか人生初の彼女(現地人)を作りました。その後、他にも10人(全て外国人)ほどゲットし、うち2人とは良い関係を築けました。

日本に帰ってきてからもネトナンやって彼女を作ろうとする。だが、低身長やルックスの悪さも関係したのか、さっぱりモテず(10連続アポ負け等)、ついにネトナン放棄。どうせなら自分の好みのタイプと出会いたいと思い、ストリートナンパを始めました(2015年~)。

継続しているうちに、そこそこゲットもでき、今付き合っている大切な彼女もできました。出口の見えない恋愛の呪縛から解放され、自由になれたのは良かったです。そして、度胸もついて会社での振る舞い方が向上したのは良かったw
最終的な目標は「かわいいセフレを5人作れる」「年間50即できる」実力をつけることです。

<PUA基本3か条>
1.主体的であること
2.例外であること
3.失う覚悟を持つこと

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